人類最後の音楽の最後の曲。
人類最後の音楽『ジャズ』最後の曲 “人間とジャズ”。
レコーディング中、奥野真哉さんがこの曲のピアノを演奏されているときに、しまは『ジャズ』というアルバムタイトルを閃いたらしい。
↑ もはや誰だかわかりませんが、2019年日本で2番目にいいアルバム『ジャズ』を発表したドレスコーズ・志磨遼平さんです。
美しく汚された音。
奥野真哉さんが弾く、完璧に調律されたスタインウェイのグランドピアノの音色。そしてしまの歌とぴょんさま(有島コレスケ)のコーラスだけで構成されるこの楽曲。
しかし我々は、きっと美しいであろう、このシンプルなバラードを、録音時の生の音で聴くことはできない。(他の曲もまあ、そうだけど。)
なぜなら、『ジャズ』に収録されている “人間とジャズ” の完成形の音は、ズタボロに化粧されているから。
斫り(はつり)仕上げみたいな。
コンクリートの斫り仕上げの柱 ↑。京都・ぎおん石 喫茶室。
ガッサガサなのに、ためいきが出るほど美しい音。
ここまで加工されるのであれば、別にスタインウェイでなくてもよいのではないかとも思うが、きっと上質な材料(奥野さんが演奏されたスタインウェイの音色)を使っているからこそ、これほど美しく仕上がるのだろう。
音楽の現場と、建築の現場。
レコーディングスタジオに行ったことはないが、建築と音楽の制作現場はきっとよく似ているのではないかと思う。
職業柄、私は『ジャズ』を聴いては、その美しい音楽の制作現場(=レコーディングスタジオ)を、建築現場に置き換えて想像してしまう。
失礼を承知の上で、脳内を文字化してみる。
『ジャズ』の音楽的なコンセプトは、≪まもなく没落をむかえる、架空の民族の、架空の伝承歌。≫ また、古典的なジプシーブラスを現代的に響かせるという挑戦である。そんなこの世に存在しない音楽を創造するにあたって、しまは多くの専門家たちに手を借りた。
ホーン・アレンジを担当された梅津和時さんは、人間国宝の宮大工のような方だと思う。しまのスケッチ(デモ)をもとに、棟梁(梅津さん)と実施設計図(しまのデモに梅津さんがサックスとクラを重ねたデモ)をおこし、梅津さんといくつもの現場を共にしたベテランの職人(演奏家)たちがレコーディング・スタジオに集結。しまと梅津さんが準備した実施図をもとに、着工されるや否やサクサクと各パーツが組み立てられていく。
≪棟梁・梅津和時さん(Sax,Cl)が連れてきてくださった一流の職人たち。≫
- 多田葉子さん(T.Sax)
- 北陽一郎さん(Tp)
- Gideon Juckes さん(Tub)
- 照喜名俊典さん(Euph,T.Hr)
- 渡辺庸介さん(Perc)
- 佐藤芳明さん(Acc.)
- 太田惠資さん(Vl)
- 早川岳晴さん(Ba)
“エリ・エリ・レマ・サバクタニ”、“プロメテウスのバカ”、“わらの犬” で演奏して下さったスカパラ加藤(隆志)さんと欣さま(茂木欣一さん)は、子供の頃から大好きな現代画家に大広間の壁画、そして建物の表札を描いていただいたという感じかしら。
一流の職人たちのすごいところは、実施図に描きこまれていない細かなイメージを、しまの指示のわずかな言葉のニュアンスをも正確に捉え、一瞬で表現するところだ。もっと彼らの工事(演奏)を見ていたい(聴いていたい)と思うが、プロフェッショナルの仕事は速く、きっと明日にはもう、次の現場が彼らを待っているのだろう。
ありえない工程の現場。
この現場の特殊なところは、建物の内装(ホーン・セクション)を先に録音し、既に出来上がった内装(ホーン・セクション)に合わせて土台と骨組みを作るというありえない工程である。
しかも内装を担当したのは大御所の演奏家ばかり……という無茶ぶりに対応して土台を組んでくれるのは、若手のエースたちだ。おそるべき現場対応力……。
- ナガイケジョーくん(SCOOBIE DO):Ba
- ビートさとしくん(skillkills):Dr
- スガさま(菅大智さん):Dr,Perc
エンジニアの奥田泰次さんは、細かな各工程を録り終えてはしまと現場確認し、テクスチュアを構築していく現場監督だろうか。
ベテランの職人、大好きな画家……錚々たるメンバーが去っていったあとの現場をとりあえず掃除(?)しながら心を落ち着けていると、次にやってきてくれたのは、しまを様々な現場で助けてくれるいつもの仲間、そして先輩方である。(敬称略)
- 有島コレスケ(ぴょんさま):Gt,Cho
- 牛尾健太(おとぎ話):Gt
- ケンゴマツモト(THE NOVEMBERS):Gt
- 中村圭作:Pf
- 奥野真哉:Pf
日本一エッチなギタリスト・ケンゴマツモト(from THE NOVEMVERS)はギタリストなのにあまりギターを弾かずに “ニューエラ” にニュアンスを重ね、さっさと帰っていったらしい。しまはあまり細かな指示を出していないのに、仕上がりは完璧。言葉はいらない、手が速い、エロい。
“エリ・エリ・レマ・サバクタニ” の透明感があって、いい感じにかすれてセクシーだけどフレンチロリータぽいウイスパーボイスな美声の(←こんな声になりたい)コーラスの佐藤多歌子さん(お名前もすてき)は、『ジャズ』のレコーディング中に出会ったシンガーらしい。
竣工間近になってもイメージに合ったシアーカーテンが見つからず、それが見つかればほぼ完成なのに見つからず、悩みまくって気分転換に Bar に飲みに行ったら、偶然となりで飲んでいたのが、ファブリックメーカーのデザイナーで、翌日確認していただいたら、昨夜聞いたイメージにピッタリの商品開発中のオーガンジーの生地を特別に縫製して下さることになった(←実話)。佐藤さんとの出会いは、あのシアーカーテンとの出会いに似ていると思う。(ごめんなさい……)
そして、前述の “人間とジャズ” の斫り(はつり)仕上げを施して下さった荒木正比呂さんは、内装の最終的な質感を加える(または削ぎ落とす)前衛的な表現も得意とする左官職人といった感じだろうか。
完成した建築(音楽=『ジャズ』)の中で過ごすほど(聴けば聴くほど)、最初は気付かなかった細かなディテール(音のニュアンス)を見つけ、盤1枚の中には明らかに容積率オーバーな情報量がこめられているのだが、そのどの音も無駄がなく重要だということに気がつく。
音楽における志磨遼平の役割。
建築に置き換えると、ドレスコーズのオリジナルアルバムにおいてのしまの役割は施主兼設計者だと思う。歌はもちろん、細かな工事も自ら担当する。“チルってる” のエレキギターとか、“カーゴカルト” のガットギターとか、控えめに言って上手い。
楽曲提供の場合は、提供先のアーティスト(=発注者。今年でいうと菅田将暉さん、上坂すみれさん)が施主で、しまは設計者。『三文オペラ』、ダルカラ『マクベス』では、谷ちゃん(演出家)が施主かな。
『ジャズ』を聴くと、その壮大な音楽の素晴らしさを感じるとともに、連譜の多さやテンポ、音のバランス…… 細かな色んなところに素人ながらゾッ……とする。人間国宝の棟梁(梅津さん)や、大御所さんたちにものすごいことを要求しているな……と思う。本当に、このメンバーがそろったからこそ奇跡的に完成したまぼろしのアルバムだと思う。『ジャズ』には全く妥協が見えない……。
「言うのは簡単。」そう、私もいつも思う。わかっています……。そこだけは譲れないハッキリしたイメージがあって、さらさら~…と描いた詳細図。図面上は、計算上は、成立している。ただ……(誰がどう施工するねん?)というとてもむずかしい納まり。現場ではそんなむずかしい納まりを熟練の職人さんたちは長年の経験と知恵でどうにか方法を考え、魔法のような技術で仕上げて下さるのだ。(いつもありがとうございます……!)
『ジャズ』を聴くたびに、どうやったらこんな音楽思いつくん!とひっくりかえるけど、ハッキリしたイメージがあって、むずかしいけど妥協できなくて、梅津さんたちと相談しながらなんとかイメージ通りに作り上げるしまの心境は、そこだけはすごく理解できる。よう言うたと思う。(←なぜか上から)
最新のジプシー音楽。
かつて私がしまと出会う前に通ったブラスバンドや、ニューオリンズ・ジャズ、2TONE SKA 、そしてジプシー音楽の要素を取り入れた『ジャズ』は、今年らしい最新の音楽でありながら、とても懐かしく感じる。
『平凡』でファンクにたどり着き、『三文オペラ』では演劇の世界へ。私にロックンロールをおしえてくれたしまが未知の場所へ進むのを、見失わないように10年以上追いかけ続けたら、なぜか自分の実家に帰ってきたような。『ジャズ』を聴いて、ひとりの音楽家の歴史と、知らない時代の知らない国の誰かの歴史が、音楽で自分とつながるような不思議な感覚がこみあげた。
ひとりの音楽家が10年間かけてたどり着き、その旅路をすべて込めたアルバム、それが『ジャズ』。
私にとってはダントツで2010年代最高の作品。
(ミューマガでは2位でしたが。)
2位おっしゃおらああああああ https://t.co/GrGGUhDuMs pic.twitter.com/IZlNoiTrP2
— 志磨遼平(ドレスコーズ) (@thedresscodes) 2019年12月21日
10周年の2020年もまた、しまが作る素晴らしい音楽に出会えますように。
◆参考文献◆
- ドレスコーズマガジン第69号『志磨遼平によるレコーディング日誌』
- サウンド&レコーディング・マガジン2019年8月号